大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

宇都宮地方裁判所 平成元年(わ)73号 判決

本籍

群馬県邑楽郡板倉町大字海老瀬三四九番地

住居

栃木県足利市大正町八七二番地

会社役員

渡邉治三郎

明治四四年一月三日生

右の者に対する所得税法違反被告事件について、当裁判所は、検察官大野直孝出席のうえ審理し、次のとおり判決する。

主文

被告人を懲役一年六月及び罰金五〇〇〇万円に処する。

右罰金を完納することができないときは、金一〇万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

この裁判確定の日から三年間右懲役刑の執行を猶予する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、織物買継業等の会社四社を経営するかたわら株式の売買を継続的に行つていたものであるが、自己の所得税を免れようと企て、所得税の確定申告にあたり、右株式売買益にかかる収入をすべて除外するなどの方法により所得を秘匿したうえ、

第一  昭和五九年分の実際総所得金額が六五八七万三八〇九円であつたにもかかわらず、昭和六〇年三月一三日、栃木県足利市大正町八六三番地の二二所在の所轄足利税務署において、同税務署長に対し、同年分の総所得金額が三〇九一万九八六円で、これに対する所得税額が四一〇万三八〇〇円である旨虚偽の所得税確定申告書を提出し、もつて不正の行為により同年分の正規の所得税額二五六一万二四〇〇円と右申告税額との差額二一五〇万八六〇〇円を免れ、

第二  昭和六〇年分の実際総所得金額が八六八二万九二七二円であつたにもかかわらず、昭和六一年三月一二日、前記足利税務署において、同税務署長に対し、同年分の総所得金額が三二〇六万七二七円で、これに対する所得税額が四〇三万七七〇〇円である旨虚偽の所得税確定申告書を提出し、もつて不正の行為により同年分の正規の所得税額三八七九万三七〇〇円と右申告税額との差額三四七五万六〇〇〇円を免れ、

第三  昭和六一年分の実際総所得金額が二億二六五六万四〇七三円であつたにもかかわらず、昭和六二年三月一六日、前記足利税務署において、同税務署長に対し、同年分の総所得金額が三一六三万七六三七円で、これに対する所得税額が四四〇万三〇〇〇円である旨虚偽の所得税確定申告書を提出し、もつて不正の行為により同年分の正規の所得税額一億三七二五万五二〇〇円と右申告税額との差額一億三二八五万二二〇〇円を免れ

たものである。

(証拠の標目)

判示全事実につき

一  被告人の

1  当公判廷における供述

2  検察官に対する供述調書八通

一  黒澤建一(二通)、安野玲子(二通)、森川武、紅林良和、砂賀章司(二通)、植木定四郎(三通)、春原勝(二通)、渡邉昌枝及び渡邉シマ(四通)の検察官に対する各供述調書

一  収税官吏作成の検査てん末書二通

一  収税官吏作成の株式売買回数、株式売買株数、株式買付価額、名義書換料、購読費、有価証券取引税、配当所得及び株式売買益に関する各調査書

一  足利税務署長作成の証明書

一  検察事務官作成の電話聴取書

判示第一の事実につき

一  収税官吏作成の脱税額及び修正損益計算書(いずれも昭和五九年度分のもの。)

判示第二の事実につき

一  収税官吏作成の同計算書二通(いずれも昭和六〇年度分のもの。)

判示第三の事実につき

一  収税官吏作成の同計算書二通(いずれも昭和六一年度分のもの。)

(法令の適用)

被告人の判示各所為はいずれも所得税法二三八条一項に該当するが、各所定刑中いずれも懲役刑及び罰金刑を併科し、情状により同条二項を適用することとし、以上は刑法四五条前段の併合罪であるから、懲役刑については同法四七条本文、一〇条により犯情の最も重い判示第三の罪の刑に法定の加重をし、罰金刑については同法四八条二項により判示各罪所定の罰金額を合算し、その刑期及び金額の範囲内で、被告人を懲役一年六月及び罰金五〇〇〇万円に処し、右罰金を完納することができないときは、同法一八条により金一〇万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置することとし、情状により同法二五条一項を適用してこの裁判確定の日から三年間右の懲役刑の執行を猶予することとする。

(量刑の理由)

本件は、被告人が会社経営のかたわら、手広く株取引を行い多額の株式売買益を上げながら、会社経営の危機等に備えて自己資産の充実を図るため、ほ脱所得の大半を占める右の売買益を全く申告せず、判示のとおり、三期分で合計一億八九一一万六八〇〇円の所得税を免れた事犯で計画的犯行であり、右の動機は到底正当化しうるものではなく、ほ脱額も極めて多額で、ほ脱率も右三期分の最低が約八三パーセント、同じく最高約九六パーセントと高く、しかも被告人は、国税当局から顧問税理士を通じて株取引の関係書類の提出を要請されるや、株取引の少ない証券会社一社分の資料しか提出せず、更に捜査の初期の段階においても課税要件を知らなかつた旨犯意を争うなど犯情は芳しくなく、申告納税制度のもと、国民の租税負担の公平の維持という見地からは被告人の刑事責任は極めて重いと言うべきであるが、他方、本件のほ脱方法は、株式売買益で新たに株式を購入し、右収益を申告しないというもので、それ以外にことさら所得を隠蔽する手段を講じているわけではなく、右売買益にかかる収入以外については納税してきていること、本件後、所得税の修正申告に応じて本税をはじめ重加算税等を全て納付したうえ、地元に多額の贖罪寄附をする等して反省の態度を示していること、被告人にはこれまで交通関係等による罰金刑のほかにはみるべき前科もなく、本件が発覚したことにより一代で築き上げた地元での名声を失いかねない程の相当の社会的制裁を受けていること、年齢も七八歳と高齢であることなど被告人のために酌むべき情状も認められ、そこで、以上の情状を総合し、主文のとおり量刑したものである。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判官 榊五十雄)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例